感じたこと

なぜ、介護の仕事をしていたか

子供のころ、一緒に暮らしていたおばあちゃん。

お父さんとお母さんとお兄ちゃん。それとおばあちゃんの5人で暮らしていました。

お母さんは、おばあちゃんのことが好きじゃないと思っていたので、

お母さんが好きでないものを私が好きになることができませんでした。

本当は仲良くしたかったのに、おばあちゃんと仲良くすることができませんでした。

本当はやさしくしたかったのに、やさしくすることができませんでした。

だから、おばあちゃんも私に近づこうとはしなかったと思うのです。

おばあちゃんが具合が悪くなっても、手を貸してあげることも、やさしく声をかけてあげることもできませんでした。

おばあちゃんが入院した時も、たいしてお見舞いにもいきませんでした。

本当はしたかったのに、好きじゃないふりをして近寄りませんでした。

それが私の心の奥深くに罪悪感としてずっとずっとありました。

私は、介護の仕事が一番やりたくない仕事でした。

結婚する前は、デザイン業界、広告業界でみんなが憧れるような会社で仕事をしている自分が好きでした。私の中で、介護の仕事は、就かれている方には大変失礼ですが、当時は、汚くて何もできないような人がやる仕事だと思っていました。

でも、仕事を探していたときは、結婚していた元夫に「ろくに家事も俺のサポートもせずに、金のことも考えてない!何もできないなら、外で働け」と叱られており、離婚も突きつけられていたので、子供たちのこと、生活のこと、色々な条件でなんとか働くことができそうだったので、その介護施設だけでした。だから、想いもなにもなく。ただ、生活のためだけに初めは働いていました。

でも、その会社で正社員で働かせていただいたおかげで、離婚後も未婚で妊娠出産することができ、車の免許をもっていなかった私が、免許を取ることができ、中古でも車を買うことができました。そして、子供たちのために、庭つきの中古の家も持つことができました。

働いた期間、たったの3年間でこれだけのことをさせてもらいました。関わってくださった職員の方、おじいちゃん、おばあちゃんに今では、本当に感謝と誇りしかありません。

その施設に、私のおばあちゃんによく似た、意思の強い、毎日ミシンをしている車いすのおばあちゃんがいました。彼女は、私のことをとても信頼してくれて、いつも声をかけてくれたり、いろんなことを頼んでくれたりしました。

退職前に、そのおばあちゃんに何かしてあげられることはないかな?と自宅でなんとなく考えていると、「もういいよ。もういいんだよ。好きなことをしなさい」って誰の声がしました。私は、霊感とか見えるとかそういったことは何もないのですが、確かに感じたこの声は、私のおばあちゃんでした。涙が止まらず、自分の中にまだまだおばあちゃんへの罪悪感や申し訳ない気持ちが残っていたんだなと、気づくと同時に、その暗くて重いものはすっと消えてなくなりました。

そして、その車いすのおばあちゃんに、退職することを伝えると、とても残念がって「私はここにきてよかったよ。あなたみたいなやさしい人に出会えて、こんなにやさしい人がいるんだなって思えたの」って話してくれました。

すごくうれしくて、何度も何度も涙がこみ上げてきました。きっと私の中の、なにか大きな流れが一つ終わったように感じています。

いつも大切な人が見守ってくれているという大きな安心感と、誰かの役に立てた自分を感じることができて、ようやく、自分を信じ始めることができそうです。

そのための、今までの人生だと思っています。

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